チベット高原での高エネルギーガンマ線探索実験

高山で実験するのがよいのは、宇宙線の強度が強く その到来方向やエネルギーが精密に求まるからです。 また、地上では捕まえられない 低いエネルギーの宇宙線も捉えることができます。 高山といっても、交通の便、施設、電力事情など を考慮すると、そう沢山候補地があるわけではありません。 我々は中国との共同実験を行ない、観測地として チベット高原の羊八井(YangBaGin)を選びました。 そこはチベットの首都ラッサ(標高はほぼ富士山と同じ)

チベットのシンボル、ラッサのポタラ宮殿の前で


から北へ80kmの標高4300mの 高原です。はば7km長さ20km位の広大な高原です。近くには 地熱を利用した発電所の実験プラントがあり、電力事情も 良好です。発電所関係の人が住んでいる他は、ヤク (チベット牛)や山羊などを 放牧する昔からのチベット人が点在するだけの、 町も何もない所です。この世界の秘境チベットの牛 ヤクと計算機が関係ある といってら驚くでしょう?

近くには(約20km)ニエンチェンタングラ

とういう7000m以上の山が白雪を頂いているのが見えます。
中国側は 北京の高能物理研究所 (高能とは高エネルギーという意味)を 中心とする数大学が、日本は東京大学宇宙線研究所他の 7大学位が参加しています。
(*2017の注記:高能研のWeb page--URLは昔とは 変わっている--に入り,reloadを何回かするなどすると, 背景が羊八井のきれいな景色に変わります)
宇宙ガンマ線を調べるには、宇宙線が大気に突入すると、沢山に増殖 する効果を使います(勿論、ある所から先は減っていきます)。 宇宙線が増殖する様子は、計算機で自然界のできごとの真似をして (シミュレーションという)、調べることができます。 宇宙線が通った跡が光っていたとしたら こんな風に見えるでしょう。 (カスケードシャワーといいます)。 このように降って来る宇宙線を、我々は検出器群 を15m間隔に配置して検出します。宇宙線はこのような検出器に 100メール以上広がって降って来ます。

宇宙線が検出器群に突入する。模式図。後は6000mをすこし
越える山々。丁度小海線から八ケ岳を見たような感じだ。


この図では、宇宙線は一寸反った円盤のように描いてありますが、 宇宙線は粒子ですから、この円盤に近い形で、中心ほど沢山の粒子が 集まって降って来ると想像して下さい(黄色い粒々がそうした粒子の断面図)。 中心では、 遅れて来る粒子の数は少ない。しかし、 外側に行くほど粒子はまばらになり、遅れて到着するものの数も増えます。 そうした粒子が一瞬に測定器を通り抜けて いきます。どうやって到来方向を計るかと言うと、各測定器に到着する 粒子の時間差を精密に計るのです。
問題。到来方向を1度の精度で計りたいなら、時間差をどれ位の精度では計れば良いでしょうか?
到来方向を1度の精度で計りたいのなら、15m先の2点間をみた時、 1度に相当する距離をはっきり認識できないといけません。 (硬貨を持って手を伸ばして見たときの角度はおおよそ0.5度です)。 その距離は およそ30cmの距離という事になります。なんだ大した事ないじゃないか、 と思うかもしれません。 しかし、これは宇宙線の到着する 時間差を、30cmの距離を光が通過する時間以上の精度で計る必要があるという事です。 よく光は1秒間に地球を7回り半するほどのスピードだといいます。そのスピードの 粒子が30cm通過するのに要する時間は、0.000000001秒です。 これ以上の精度で、宇宙線の到着時間差を計るにはいろいろな工夫がいります。 でも検出器の構造は簡単です。上部の平な所には 電荷をもった粒子が通過すると、光を出す物質(シンチレータ)が数センチの厚さで密閉されています。そこから出た光は下部の光電子増倍管 で検出され、電気信号としてケーブルを伝わって測定室まで送られます。 光電子増倍管は光子一つ(光も粒子だから、一つ二つと数えられるんですね)で も逃さない、鋭敏なものです。

夜空を見てかろうじて見える星の光は、1秒間に何個位の光を我々の目に 運んで来るのでしょうか?
だいたい1万個位でしょう。

ケーブルは測定室に入れる前に、地下のケーブル溝に集められ、そこから室内に導かれます。 ケーブルを伝わってきた信号は のような装置でコンピュータ処理され、8ミリのテープ装置(媒体は 8ミリビデオと同じもの)に記録されます。このテープには一本で 10GBものデータ(つまり英文字100億文字分、2HDフロッピー6000枚位) が記録できますが、 記録データ量が多いので2日に一回はテープを交換しないといけません。

思わぬ副産物
ガンマ線とその他の粒子が起こす、宇宙線のカスケードシャワー はあまり差がないので、 到来方向を精密に計って、ある方向 からのシャワーが多いかどうかが、極わずかなガンマ線が が到来していると判定する基準になります。 今の所、はっきりとある方向からガンマ線が到来している 証拠は見つかっていません。



逆にある方角からは、宇宙線の到来数が少ないことが 分かりました。
その方向がどこだかわかりますか? 空を見上げると、目につくもの、それは、太陽と月 です。そうです。その方向からは宇宙線の数が 少ないのです。月や太陽に宇宙線がさえぎられて 少なくなるのです。
月を中心とする方向
からの宇宙線の到来頻度は、 明らかに中心ほど少ないのが分かります。くっきり 月の形に丸くならないのは、到来方向の決定に誤差が あるからです。丁度、近視の人が月を見たらボンヤリ 見えるのと似ています。このボンヤリ具和い から逆に、我々の装置の角度分解能が分かります。 我々の装置は世界一分解能が優れていることが これで実証されました。



では太陽の影
はどうでしょうか。 この図の中心が太陽の方向です。影は月の時と違って 少しずれて見えます。どうしてでしょうか。それは 太陽には月と違って磁場があり、地球に到達するまでに 宇宙線が 曲がってしまうからです。この曲がりを調べると、 逆に今まであまり分からなかった太陽の磁場に ついての情報が得られるのです。

チベット点描

観測所近くの土には小さな穴が沢山空いている。そこの住人は 鳴き兎。
蝶々の収集家には応えられない珍品が沢山いるらしい。 これが珍品かどうかは 素人の私には全く分かりません。
チベット人はダンスが好きだ。 酒もね。歓迎会では 妙齢の女性が側に来て、中国の強烈な例の"マオタイ" をふるまう。一気に飲みほさないといけない。 そうすると、チベットの民謡を一曲歌ってくれるのである。 4300mの高地では酒の弱い者には地獄の恐怖である。
中国に滞在していると、色々なおいしい料理にめぐり合うが、 これはいったい 何だか分かりますか。
チベットは信仰の国でもある。 随所にお寺があり、チベット仏教や信仰 の対象の神々仏たち、 また、ホテル等の部屋の天井などにも 曼陀羅 があったり、 道の側の岩肌に描かれた仏画があったり、 独特の文化を作りあげている。
が、何と言っても、それらの そう元締め、シンボルはポタラ宮殿 である。垂直のベルサイユと言った人がいるが、 一昔前までは、幻の宮殿だった。
チベット人の住居は、都市部を離れると、土レンガのような 作りのものが多い。時には パオも見かける。
ラッサから羊八井への道は、 地質学者にとっては格好の研究対象が随所にある。 古い地層がむき出しになり、 褶曲の様子が良く分かる。左手にあるのは地元の住民の家だろう。 土レンガの家だ。
羊八井では時にヤクの解体も行われる。日本の都会では 見る事のできない世界だ。
ラッサの大通りと露店市場
朝、日の出と共に起き、羊をつれて えさ場を目指し、落日前に家に帰るというのが、放牧の生活 である。
中国のトイレ事情は、最近大分良くなって来たが、まだまだだ。 特に、チベットあたりまで来れば推して知るべし。 これは仕切りのあるだけまし な中級クラスと思ってほしい。
ラッサにある高級ホテルは Holiday Inn Lahsa一軒だ。 インターネットで予約もできる。どうやったらできるか探して見よよう。
チベットの文字はサンスクリット系だ。 西洋人が見ると、我々が日本語で物理の論文などを書いているのが 驚異に見えるらしい。が、チベット文字による論文は我々にも 驚異だ。表紙論文の出だしなど どれを見ても、さっぱり分からないが、を見ると始めて、我々の仲間が書いている事が分かる。


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